上杉謙信とともに戦う!-米沢上杉まつり-
戦国時代にタイムスリップ?!米沢上杉まつりを楽しみ尽くそう!
毎年ゴールデンウィーク(4月29日〜5月3日)に開催される「米沢上杉まつり」。
市内外から多くの人が集まり、米沢の街が一年でいちばん熱くなる5日間です!
普段は静かで神聖な雰囲気の上杉神社や松が岬公園も、
屋台やステージイベントで一気に華やかに変身。
まちを歩くだけで、自然と心が躍ります♪
4月29日 開幕祭「民踊流し」
舞と笑顔が街を染める、華やかなスタート!
会場:米織会館〜伝国の杜(※コースは変更になる場合があります)
米沢の舞踊団体や学校・企業グループが、カラフルな衣装に身を包み、しなやかに、力強く踊りながら街を練り歩きます。
お祭りの初日に開幕パレードとして開催され、毎年多くの人が集い、市内が盛り上がります。
踊りの魅力は2種類!
- 「米沢新調」:しなやかで美しい手の動きが特徴
- 「米沢花笠音頭」:花飾りと鈴がついた笠を使って力強く舞う
「やっしょまかしょ!」の掛け声で、会場のテンションも最高潮に!
それぞれの踊りの特徴や、華やかな衣装に身を包み、美しく踊り歩く演者にぜひご注目ください!
見どころ!
華やかな衣装
民踊流しでは団体ごとにそれぞれ違った色とりどりの鮮やかな衣装を見ることができます。
伝統的な和服や浴衣、法被などを纏った参加者たちが、一斉に踊り始める姿は圧巻です。
SNSにアップしたくなるような、カラフルで生き生きとした写真を撮るチャンスです!
美しい踊り
次に注目したいのは、踊りそのもの。
美しく、しなやかな踊りのほか、子どもたちによるエネルギッシュでダイナミックな動きを楽しむことができます。
5月2日 武禘式
戦国の世、上杉謙信が出陣の度に戦勝を祈り行った儀式“武禘式(ぶていしき)”が米沢の地に蘇ります。
日時:5月2日 夕方~夜
会場:伝国の杜前広場
武禘式とは?
謙信はその生涯において、70余度ほど自ら陣頭に立って戦ったと伝えられています。部下の諸将に命じて出陣させたものを加えれば数え切れないほどです。
その数多の出陣の度に武禘式と称する儀式を行い、神仏に戦勝を祈りました。この儀式は神仏に代わって不正不義を討つという謙信の強い信念が込められています。
当日は、謙信を中心に30人ほどの武将が居並び、軍神勧請(ぐんしんかんじょう)の儀・五沾水(ごてんすい)の儀などが約1時間にわたってお披露目されます。
見どころ!
軍神勧請の儀
軍神を招き迎える儀式です。
赤々と燃える篝火の中で行われ、荘厳な雰囲気が漂います。
砲術隊による火縄銃の発砲が披露され、その迫力と武将たちの気迫が見る者を圧倒します。
この光景は、見る者に戦国の世を幻視させ、まるでその時代に迷い込んだかのような体験をさせてくれます。
五沾水の儀
軍神を拝み戦勝を祈る儀式です。
謙信自らが花と水を供えたものである五沾水を大将たちに分け与え、軍勢の結束を固めます。
一瞬一瞬が緊張感で覆われ、見ている者もその厳粛さを肌で感じられます。
5月3日 上杉軍団行列・鼓笛パレード・川中島合戦
上杉軍団行列
約500人の参加者が甲冑を身にまとい、荘厳な上杉軍団の行列を再現します。
日時:5月3日午前
会場:米沢市内各所(主に興譲小学校~米沢駅前)
上杉軍団行列とは?
上杉軍団行列では、戦国時代の武将・上杉謙信を中心とした歴史的な行列が再現されます。
約500人の威風堂々たる甲冑姿の武者たちや装飾された山車、そして勇ましく駆ける騎馬武者などが登場します。さらに市内の小学生たちが参加する鼓笛隊や、上杉神社おみこしから成る絢爛豪華なみこし渡御も登場し、総勢1000人以上が市内のメインストリートを練り歩きます。
歴史ロマンを感じながら、現代の熱気も楽しめるこの祭りで、素敵な思い出を作ってみてはいかがでしょうか。
見どころ!
ダイナミックなパフォーマンス
上杉軍団行列では、出発式でのダイナミックな槍舞のほか、勇壮な上杉太鼓の演奏、力強く発せられる「鬨の声」など、観客を魅了する演出がたくさんあります。
参加者たちが実際の武将や兵士になりきるリアリティ!
上杉軍の甲冑を身にまとい、凛々しい表情で歩く参加者の姿は、まるで戦国時代の武士たちが現代に蘇ったかのような迫力を持っています。
その精巧な衣装と装備は、職人たちの技術と参加者たちの情熱を反映し、観客に当時の風景を生き生きと再現します。
川中島合戦 ―戦国史上最大の死闘!龍虎相打つ―
戦国史上最大の死闘といわれる上杉・武田両軍の激突、川中島合戦一騎打ちが米沢の地で再現されます。
日 時 5月3日 午後昼過ぎ
会 場 松川河川敷
川中島合戦とは?
1553年(天文22年)から1564年(永禄7年)の12年間、上杉謙信と武田信玄とが川中島を中心に行われた合戦です。
戦いは5度にわたって繰り広げられ、武田軍の死者4千、上杉軍の死者3千にのぼると言われています。
その中でも戦国史上最大の激戦と言われる1561年(永禄4年)の第四次合戦が再現されます。
当日は、上杉・武田両軍で総勢約600人が甲冑をまとい、上杉陣で武禘式、武田陣で三献の儀が行われた後、上杉の雷筒―30匁筒の一斉射撃で決戦の火蓋が切られます。
見どころ!
上杉謙信・武田信玄 三太刀七太刀
上杉軍の猛攻によって乱れた陣形の隙を突いて、上杉謙信が単騎で武田本陣に斬り込みます。
謙信は床机に座す武田信玄を狙い、馬上から三度斬りつけました。
信玄は腰の刀を抜く暇もなく、咄嗟に手にした軍配団扇でこれを受け止めます。
武田軍高坂隊 川渡り
武田軍高坂隊が川を渡り戦場へ斬り込みます。
武田信玄は八幡原に本隊を布陣し、高坂弾正を大将とする別動隊に上杉謙信の本陣である妻女山を夜陰に乗じて攻めさせます。
事前にそれに気づいた謙信は、妻女山を発ち武田軍を奇襲しました。
優勢だった上杉軍ですが、そこに高坂隊が川を渡って駆けつけて、戦場へ斬り込みます。
上杉・武田両軍 総がかり
上杉・武田両軍の総勢約600人の武者が入り乱れる最後の戦闘です。
戦場の至るところで斬り合い、ぶつかり合いが繰り広げられ、次々と武者たちが討ち取られていく様子は、言葉では言い表せないほどの迫力と臨場感があります。
漫画やドラマで見る戦国の世を五感で味わうことができます。
更新日:2025年06月16日