古志田東遺跡

「城下町ふらり歴史探訪」は、米沢に残る史跡などをわかりやく解説しています。
これまで「広報よねざわ誌面」で紹介してきた記事を再編集して掲載しています。
古志田東遺跡 林泉寺3丁目
平安時代の豪族の屋敷跡

林泉寺ニュータウン内に史跡公園として整備されています

建物の柱跡には短い柱などが置かれ、当時の家型が分かるようになっています。
ニュータウン造成の発掘調査で発見
平成11年、林泉寺ニュータウン住宅団地の整備に先立ち、発掘調査が行われました。表面の土を削り取ると、河川跡が見つかり、船着場と考えられる窪地と木橋の跡が確認されました。また、河川跡の東側では数多くの柱跡が発見され、母屋と考えられる建物、馬屋、倉庫と思われる建物跡7棟が確認されました。母屋は10間(約18メートル)×3間(約5.5メートル)と大型で、三方に庇(ひさし)が付き、地域を治めた有力者(豪族)の屋敷跡であったと想定されます。河川と船着場に近い建物跡は、周辺から物資を集めていた倉庫と考えられます。遺跡の年代は平安時代、9世紀の終わり頃と推定されました。
木簡が物語るもの
遺跡からは、約60点の木簡(文字などが書かれた木の札)が見つかり、うち約30点が文字の判別が可能なものでした。船着場で動員した人数を記したものや米の品種を記したと思われるものがあり、当時の仕事や生活の状況を知る上で貴重な資料となりました。
国史跡に指定され史跡公園として整備される
9世紀終わり頃は、律令制度の衰退期であり、地方にはこの時期の遺跡が少ない中、豪族の屋敷跡がまとまった形で見つかったことから注目を集め、翌平成12年に国の史跡に指定されました。
南北98メートル、東西95メートルの遺跡は、保存しながら学習に利用できる史跡公園として整備されました。河川跡には水が流され、建物跡の柱があった場所を示す短い柱や目印が置かれました。また、遺跡の概要や復元想定図を示した説明板が置かれています。
閑静な住宅街となった林泉寺ニュータウンの中央に位置する古志田東遺跡(史跡公園)。水の流れや建物跡を眺め、1100年も前の先祖の生活に思いを馳せてはいかがでしょうか。
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更新日:2024年10月04日