城下町ふらり歴史探訪

「城下町ふらり歴史探訪」は、「広報よねざわ誌面」で紹介してきた記事で、米沢市に残る史跡などをわかりやく解説しています。

「1.普門院」から「60.聖堂(先聖殿)と鷹山筆の扁額」は平成5年5月1日号から平成10年4月1日号、
「61.堀粂之助の墓」から「86.観世音堂の裁縫絵馬」は平成26年10月1日号から平成29年9月1日号の記事を転載し、一部再編集したものを掲載しています。

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笹野観音堂 米沢市笹野5686-5

あじさいの名所、伊達・上杉氏も信仰

あじさい寺としても有名
あじさい寺としても有名

お鷹ぽっぽで知られる笹野一刀彫り
お鷹ぽっぽで知られる笹野一刀彫り

あじさい 今月は、紫陽花の名所として知られる、笹野観音堂を訪ねてみました。
 坂上田村磨呂の開基、大同元年(806)に法相宗の名僧・徳一上人によって中興されたという、たいへん古い由緒を伝えています。別当寺は長命山幸徳院(真言宗)。
 伊達氏・上杉氏と歴代領主の信仰も厚く、伊達政宗が野始め(伊達氏の正月行事、3日に狩を行った)の途中に訪れたり、上杉氏も藩主病気の時や天候不順の折には祈願を命じ、お堂の再建・修復を手伝いました。
 天保4年に火災に遭い、同14年(1843)に再建されたのが現在のお堂で、大きな茅葺の屋根、精巧な彫刻など、置賜地方では希にみる壮大な建物です。
 なかでも竜や鳳凰の彫物はすばらしく、庄内の彫物師後藤藤吉・政吉の作と伝えられています。
 再建当時は天保の飢饉と称される凶作の続いた時期でした。藩では倹約令を出し、伊勢・柳津・湯殿山などへの参詣や神社・仏閣への寄付の停止令を出す状況で、観音堂の再建はすぐには許可されませんでした。同11年にようやく寄付集めが許され、米沢城下の商人を中心に領内一円から寄付を集め、その総計は約1,150両にのぼりました。
 再建は、棟梁の見積では、大工4,500人・人足2,800人・屋根葺300人や石工・彫物師数名で、のべ7,100人余の労働力を要した大工事でした。
 また、観音堂の境内には貴重な文化財も数多く残されています。
 参道北側の石の地蔵尊は、米沢城下の大商人渡部伊右衛門が450両余の大金をかけて建てた延命地蔵尊で、蔵王山の麓から運ばれた約30個の石で組み立てられています。
 釈迦堂には平安末期頃に作られた木造釈迦如来坐像が安置され、相良人形による千体地蔵尊も納められています。子供を亡くした親が、子の冥福を祈って納めたものです。
 このほか、松尾芭蕉と地元俳人の句碑があり、お堂には置賜の俳人104名による俳句の懸額が納められ、近年、米沢商業高校の生徒が復元奉納した算額も掲げてあります。文化の薫り高い史跡です。

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