城下町ふらり歴史探訪

「城下町ふらり歴史探訪」は、「広報よねざわ誌面」で紹介してきた記事で、米沢市に残る史跡などをわかりやく解説しています。

「1.普門院」から「60.聖堂(先聖殿)と鷹山筆の扁額」は平成5年5月1日号から平成10年4月1日号、
「61.堀粂之助の墓」から「86.観世音堂の裁縫絵馬」は平成26年10月1日号から平成29年9月1日号の記事を転載し、一部再編集したものを掲載しています。

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普門院 米沢市大字関根13928

鷹山公と恩師細井平洲ゆかりの地 往時の面影を今に

赤門
赤門

本堂
本堂

一字一涙の碑
一字一涙の碑

 ふらり歴史探訪の第1回目として、最近ブームとなっている上杉鷹山に関した史跡、関根の普門院を訪ねてみました。
 普門院は真言宗智山派の寺院で、山号は岩上山。上杉鷹山が恩師、細井平洲を迎えた地として知られ、昭和25年には国の史跡に指定されました。

 寛政8年(1796)9月6日、鷹山は平洲の3回目の米沢来訪を、郊外の関根の地で出迎え、新築まもない普門院に案内して、旅の労をねぎらいました。
 現在、休息をとった部屋や茶器・湯桶などの諸道具が当時のまま残っています。3回目の来訪は両者の再会への強い願いによって実現したもので、時に平洲69歳、鷹山46歳、十数年ぶりの対面でした。

 鷹山が高齢の師をいたわりながら案内した様子は、平洲が高弟樺島石梁(かばしませきりょう=久留米藩の儒学者)に送った手紙に詳しく記されています。
 この手紙が広く知れ渡り、敬師の美談とたたえられ、戦前の「修身」の教科書にも取り上げられました。
 境内にある「一字一涙の碑」はこの手紙の一節を刻んだもので、大正4年に南置賜郡教育会によって建てられました。
 「一字一涙」とは書簡に添えられた神保蘭室の跋文「之を読めば一字一涙、人をして慨焉(がいえん)として往日を憶わしむ」からとったものです。

 最近の鷹山ブームは、バブル崩壊後の経済不況のなかで、鷹山時代の藩財政の立て直し策を学ぶといった傾向が強いようです。
 しかし、経済政策面ばかりではなく、こうした鷹山と師平洲との親愛なる関係、鷹山の思想や行動を再評価することも大切なことと思われます。
 新緑の季節、足をはこばれてはいかがでしょうか。

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