ものづくりのまち米沢の工業振興施策などについてご紹介します。
米沢市の工業振興施策について
企業活動環境の整備
- 販路拡大の支援
米沢市商工業地域活性化支援事業費補助金により、販路拡大等の事業に対して支援します。
- 地域内受発注及び企業連携による共同事業の促進
ものづくり産学連携専門員が市内の企業を訪問し、産学及び産産連携を推進します。
- 産業団体の育成支援
八幡原企業協議会、米沢電機工業会、山形県工業会置賜支部などの工業団体が行う、人材育成、研究開発、経営セミナー等の各種事業活動を支援します。
新技術・新分野の創出、産業ネットワークの強化
- 地域資源活用による新製品開発の促進
- 繊維産業の新技術・新製品開発の促進
- 米沢新産業創出協議会の活動により新産業の創出等に努めます。
ものづくり人材(技術者)育成
米沢産業育成事業において、技術者の育成を図ります。
情報収集・発信
ホームページ技あり米沢(外部リンク)で企業の情報を発信します。
米沢市の工業の歴史
米沢市は山形県の最南端に位置し、江戸時代は上杉の城下町として栄え、米沢藩9代藩主上杉治憲(鷹山)が奨励した米沢織を基幹産業として発展してきました。現在は、産業構造の多角化と市民所得の向上を図るため進めてきた工業団地への企業誘致等により、ハイテク産業が集積し東北でも有数の工業都市となりました。
経緯
本市の工業都市としての発展は、およそ200年前に上杉鷹山が殖産振興のために奨励した「米沢織物」に端を発するといえます。大正時代には、力織機の導入促進に伴い生産工程の近代化が進展し、本市繊維工業が県内でも重要産業の地位を占めるまでに発展しました。
戦中(電機・機械)
東京、仙台等からの疎開企業の立地、創業
戦後(繊維)
和服小巾織物(呉服関係)から広巾織物(アパレル関連婦人服地)へ転換。産地生産構造の変革と高度化が進展。
昭和22年 地方産業研究所 設立(現 公益財団法人 山形大学産業研究所)
37年 米沢織物繊維協同組合連合会 設立(現 米沢繊維協議会)
低開発地域工業開発導入促進法地区指定(市全域)
45年 窪田工業団地造成(財団法人 米沢市開発公社)
47年 工業再配置促進法特別誘導地域指定
50年 米沢八幡原中核工業団地造成開始(地域振興整備公団 現(独)中小企業基盤整備機構)
52年 米沢繊維工業試験場(現 県工業技術センター置賜試験場)が窪田工業団地内に移転
53年 米沢八幡原中核工業団地分譲開始(総面積384ha)
56年 米沢市電子機器・機械工業振興協議会 結成
4月 八幡原工業用水道給水開始 14,700立米/日(山形県企業局)
57年 八幡原企業協議会 結成
60年 米沢電機工業会 結成
62年 山形テクノポリス地域の指定(~平成12年度)
63年 (株)テクノプラザ米沢設立
平成 2年 製造品出荷額等県内第1位に
4年 山形新幹線開通
山形大学地域共同研究センター(現 山形大学国際事業化研究センター)開設
4月 米沢ヘリポート開港(八幡原中核工業団地内)
6年 米沢織物円滑化事業(5年間)
7年 製造品出荷額等5,000億円突破
8年 米沢オフィス・アルカディア事業採択
9年 米沢市新産業・しごと創り協議会設立(~平成15年度)
11年 山形大学大学院ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー 設置(現 国際事業化研究センター)
12年 米沢オフィス・アルカディア分譲開始(総面積33.3ha)
製造品出荷額等6,000億円突破
14年 製造品出荷額等7,000億円突破(東北第4位へ)
15年 米沢産業育成事業スタート
地域産業支援センター入居開始(米沢商工会議所)
11月 有機エレクトロニクス研究所開所(現 産学官連携有機エレクトロニクス事業化推進センター)
18年 製造品出荷額等8,000億円突破
20年 八幡原中核工業団地内の企業が有機EL照明パネルの製造販売を開始
米沢市自動車関連産業等地域活性化戦略協議会設立(~平成23年度)
21年 元気米沢プロジェクト事業スタート
24年 米沢新産業創出協議会設立
25年 有機エレクトロニクスイノベーションセンター開所
30年 有機材料システム事業創出センター開所
※外部サイトへリンクします。