城下町ふらり歴史探訪

 歴史探訪は米沢に残る遺跡などをわかりやすく説明したもので、平成5年4月から平成10年4月まで広報よねざわに連載されものを収録しています。

梓山獅子踊 万世町梓山
 豪華な道行と豊富な踊り

 今月は、米沢市万世町梓山に伝わる梓山獅子踊を紹介します。

梓山獅子踊

梓山獅子踊

 古くからの民俗芸能を、良好な姿で現在に伝える貴重なもので、52年に市の無形民俗文化財、平成4年には県の無形民俗文化財に指定されました。
 獅子頭を付け舞踏する芸能には、大きな獅子頭に胴幕をたらし、2人以上が入って踊る獅子舞と、獅子頭を付けた1人立の獅子が数人で組になって踊る獅子踊があります。梓山獅子踊は後者の方で、男獅子・女獅子・友獅子と3匹の獅子が踊るものです。
 梓山獅子踊の特色は、上組・下組の2つの組があり、それぞれ違った踊りや曲を伝え、その数が豊富なことです。上組では「梵天舞・花吸舞・鶏徳舞」の踊りを、下組は「大和舞・春日舞・三笠舞」の踊りを伝承しています。
 上組の踊りは男性的な激しい動作で「豪快活発」と称され、下組の踊りは女性的な優雅な立ち振舞で「優美華麗」と称され、兄妹獅子とも言われています。
 また、道行(行列)の豪華さも特色の一つです。上組の場合は、提灯を先頭に、「天下一」「五穀豊穣」などと記した大纏や小纏、三行司、太夫、笛方、花纏、唄手、太鼓、獅子、後纏の一行で、その人数は50名ほどになります。県内の獅子踊の中では最も人数の多いもので、とくに太鼓の4人(男性)は、桃色の幕をたらす花笠をかぶり振袖を着て、そのあでやかな姿はひときわ目を引きます。これは、田楽踊などの要素を取り入れたためと考えられています。
 梓山獅子踊の由来は、関東文挾流(かんとうふばさみりゅう)の流れを汲むものと伝えています。上組に残る「獅子踊本記」によると、日光東照宮造営の時に、近くの文挾村が地固めの踊りを行い、将軍から「天下一」の称号を許されました。この文挾獅子踊の名人が、全国を廻り梓山村にも滞在し、獅子踊を伝えたということです。
 ただし、梓山の獅子踊は一時途絶え、寛政九年(1796)から村の若者達で復興が図られ、李山村の踊を習うなど21年間の苦心を重ね、ようやく復興されました。さらに、明治後期から凶作や戦争のため休止となり、忘れられかけましたが、昭和29年に再び復興され、現在に伝わっています。毎年7月8日の梓神社夜祭に、上組・下組交替で奉納され、また上組は、8月15日に法将寺でも踊っています。
 米沢では数少ない民俗芸能で、ぜひ一度、豪華な道行、勇壮と華麗な獅子踊をご覧になってはいかがでしょうか。