城下町ふらり歴史探訪

 歴史探訪は米沢に残る遺跡などをわかりやすく説明したもので、平成5年4月から平成10年4月まで広報よねざわに連載されものを収録しています。

見返り阿弥陀像 万世町堂森
 全国でも珍しい後ろを振り返った阿弥陀像

見返り阿弥陀像

見返り阿弥陀像

 今月は、米沢市万世町堂森の善光寺にある見返り阿弥陀像を紹介します。正式な名称は木造阿弥陀如来立像で県の文化財に指定されています。
 松心山善光寺は真言宗の寺院で、出羽善光寺とも呼ばれ、境内の阿弥陀堂(如来堂)に寺名の元となった善光寺如来(阿弥陀三尊像)と見返り阿弥陀像が安置されてていました(現在は警備等の理由で本堂に安置)。
 見返り阿弥陀像はその名のごとく、首を左下に捻って、後ろを振り返った姿の阿弥陀像です。全国でも大変珍しいもので、この外には、京都禅林寺の永観堂にある見返り阿弥陀像が有名です。
 永観堂の像には次のような伝説があります。ある時、東大寺別当の永観律師が、阿弥陀像の周りを巡りながら念仏を唱えていたところ、阿弥陀像が台座を降りて律師を先導した。これを見た永観がふと立ち止まると、弥陀は振り返って「永観おそし」と声を掛けた。その姿が、そのままになった像と言われています。

善光寺阿弥陀堂

善光寺阿弥陀堂

 善光寺の像には、善光寺を中興したという益王姫(ますおうひめ)の伝説があります。長田庄司忠次が源頼朝との一戦に敗れ、妹の益王姫は尼となり、家に伝わる阿弥陀像を背負って逃れました。苦しい旅を続け、出羽国にたどり着きましたが、追手に発見されてしまいました。すると、背中の阿弥陀像が突然振り返り、追手をにらんで倒しました。助かった益王姫は、ここ堂森に庵を結び、振り返った姿となった阿弥陀像を祀ったというものです。
 両像は異なった伝承を持ちますが、伝説は別として、両像の姿は、実は、「還り来迎の弥陀」を現したものと思われます。往生者を迎えに来迎した阿弥陀仏が、極楽浄土に導く際、後ろについて来たかどうか確かめるため振り返った姿です。
 善光寺の像の振り返る顔は、目鼻立ちが整って優しく、まさ に往生者を確かめようとする慈愛の表情が溢れています。また、右手を上げ、下げた左手側に振り向く姿は、非常に動的でありながら無理がなく、流れるような衣の襞は像を一層美しく見せています。

大江時広夫妻座像

善光寺建立に関わると伝えられる大江
時広夫妻座像

 高さは50.8センチ、桧材の寄木造りで、黒漆を塗った上に金箔を押しています。作者は不明ですが、鎌倉時代後期の作です。
 長い間、両手を欠損していましたが、平成5年度に県文化財課の協力を受けて補修され、手が付けられました。手の形は、親指と人さし指を合わせた来迎印を結んでいます。